① 依頼時の状態
床上排泄に使う差し込み便器は、形状や構造が長年ほとんど変わっていません。臨床工学技士の加藤博史氏(現・当社アドバイザー)の発案を受け、当社代表が個人事業として活動していた2016年から、医療機器メーカー、医療者とともにこの器具を見直す検討を始めました。その後「HYOGOクリエイティブ起業創出コンテスト2019」に採択され、開発が本格的に動き出しました。
② 問いの立て直し
当初は、冷たさや痛みといった使い心地の改善が中心の課題に見えていました。しかし現場の声を聞くなかで、問いを「どうすれば患者が安心して使え、看護・介護する側の負担も減らせるか」に置き直しました。

③ 取り組んだこと
現場の困りごとの整理とニーズの再定義、既存の器具の分析、形状の検討を担当しました。形状の検討では、木製と金属製のモックアップを製作し(金属製は外部に製作を依頼)、病院の看護師や職員、介護老人保健施設の職員に見てもらいながらヒアリングしました。モックアップは検討用のため、患者への使用は行っていません。




④ 見えたこと
- 看護師や職員へのヒアリングから、冷たく座面の小さい器具に対して、患者が「こんなもので排泄をしなければならないのか」という残念な思いを抱えていることを知った
- 病院にある既存の自動洗浄機に収まる大きさでなければ、現場では使われない
- 背上げした姿勢や、膝を曲げられない患者(アンギオ〈血管造影〉治療後など)にも当てやすい形状が必要
- 差し込みやすさと、漏れを防ぐ容量は、互いに相反する
⑤ 判断の変化
差し込みやすさを上げようとすると小さくなり、漏れを防ぐ容量は削られる。当初はこの二つのどこで折り合いをつけるかを考えていましたが、途中で前提を変えました。器具を大きくすれば、狙って正確に合わせる必要そのものがなくなります。位置決めの精度を使い手に求めない形にすることで、どちらかを削る、という選択を回避しました。
構造は、容器と座面を分ける形にしました。容器は洗浄機で丸洗いできる金属製、肌に触れる座面はシリコン製とし、衛生面と座り心地の両立を図りました。座面は広く、体を包み込む形とし、先端を薄く抑えながら必要な容量を確保する形状を検討しました。色についても、同じように前提を置き直しました。金属の冷たさや、青・緑を中心とした医療用品らしい配色を当たり前とせず、肌に触れるものとして選び直す方向で検討しました。

※形状と構造を確かめるためのモックアップ。色や仕上げは反映していない
⑥ その後
コロナ禍で関係各社の活動が止まり、製品化の前に開発を終了しました。
それでも、このプロジェクトから得たものは小さくありません。現場で立てた仮説を、看護師や職員へのヒアリングとモックアップで確かめていくなかで、ニーズの輪郭は少しずつはっきりしていきました。仮説を検証しながらニーズの精度を上げていくこと、そして大きく作り込む前に、小さく作って確かめることの大切さを、この経験から学びました。
小さく回す進め方には、もう一つの意味がありました。開発が途中で止まっても、それまでに確かめたニーズや、現場の声を反映したモックアップは、次の判断の材料として残ります。大きな開発投資をする前に、上流で確かめておく。この考え方は、いまの医療機器・デジタルヘルスの開発支援の土台になっています。
個人事業として始めたこの取り組みは、当社を法人化する一つのきっかけにもなりました。